◆小学生から現在までの主な自作映像作品の紹介
○小学生時代:
ブルース・リー好きな友人らが当時販売され始めたばかりのVTRカメラを使って、アクション映像作品を作ると声をかけられ参加・出演した事で映像制作に関わり始めました。
この時の作品は未完成でしたし、最終的には単なるおふざけ映像制作で終わった感もありますが、これがキッカケとなってその後の学生生活も以下の通り自主映画制作を続ける事となります。
○中学生時代:
ジャッキー・チェンの映画が日本で公開され私もカンフー映画好きとなり、学校にいる間はジャッキー・アクションや格闘技が好きな友人達と集まって「クンフー・アクロバット・クラブ」と名乗ったチームを作り、休み時間などにアクションの練習をしていました。
私の年代の人間に典型的な流れだと思いますが、自分がアクションしているところを映画にしたくて自分主演の自主映画を制作しました。笑
■『雀拳三丁手』(じゃんけんさんちょうしゅ)
1980年/8ミリフィルム(Single8)/カラー/30分作品
◆制作:梅崎 雄三 & クンフー・アクロバット・クラブ(K.A.C.)
◆監督・撮影・編集:永井 裕
◆主演:梅崎 雄三 (※水色の服が私です)
(※監督の永井が管理するYouTubeから許可をもらってリンク公開しています)
作品のクレジット上では、私は「制作&主演」という事になっています。
「制作」担当というのは単にお金を私が出して作ったからというだけで、他に何かしたわけでもなく、監督・撮影・編集は永井裕という友人が行い、脚本は完全に当時の香港映画・ジャッキー映画そのままのパクリでした。笑


作品は中3の夏休みに撮影して秋の文化祭で発表したのですが、自分が主演した映画を上映してヒーロー気分になれるという自己顕示欲を満たすのが目的で、単にそれだけで最高に楽しいと思っていました。
この頃はまだ全然「映画」そのものには興味がありません。
ただ、この作品が私の映画制作人生の始まりの一歩であったのは間違いありませんので、個人的には忘れがたい記念作品であります。
○高校生時代:
■『虎鶴双形拳』(こかくそうけいけん)
1983年/8ミリフィルム(Single8)/カラー/60分/
◆制作: カンフー・アクロバット・クラブ(K.A.C.)
◆監督・撮影・編集:永井 裕
◆主演: 梅崎 雄三 (※右側の白い服の方が私です)
(※監督の永井が管理するYouTubeから許可をもらって公開しています)
高校生となり中学生の時のK.A.C.のメンバーは全員が同じ高校へ入ったわけではないので別の地域でそれぞれ生活をするようになりましたが、高校生になっても集まって更なる練習を重ね、放課後や夏休み・冬休みなどを利用して再びカンフー映画を制作しました。
1年生の夏休みから撮影を開始してその年中には完成の予定だったものが、1年生の冬休み・2年の夏・冬休みと撮影が終わらず続き、最終的に文化祭で上映できた時は3年生になっていました。
なので私の高校時代の想い出と言えばほぼこの作品制作という位に高校生活の全てでした。
完成には時間がかかりましたが、それだけに作品の完成度は高く、高校生映画として日本で誰にも負けていないと本気で思っていました。


当時、大学祭などで上映される大学生の作品や自主映画コンテスト入賞作品上映会なども見に行きましたが「自分たちの作品の方が上だな」と思い上がっていましたね。
現在のスマホで誰でも簡単に高画質の動画が撮影・編集できる環境下では想像できないと思いますが、当時の8ミリフィルム作品で高校生が1時間以上の作品をそれなりのクオリティで仕上げるというのはかなり難しい事だったのです。
今見直すと何のオリジナリティーもない単なる物まね作品なので、仮にコンテストなどに出していたとしてもグランプリとかはもらえなかったと思いますけど、それでも高校生だけで集まってここまできちんと作り上げた情熱は凄かったと手前味噌ですが今でも思います。

ただこの頃も私個人としては中学時代と変わらず、自分が主演してヒーロー気分になれる事が最優先であって、特に映画制作にも映画鑑賞にも全く興味がありませんでした。
(※こうやって書いてみると、毎日アクション練習に夢中になって自分が主役の映画作って文化祭で上映して・・・と、まるでキラキラ輝く青春を謳歌している雰囲気ですけど、実は個人的に高校3年間が人生の中でも一番の暗黒時代。ま、その辺は直接フィルモグラフィーと関係ないので、別コラムとしていずれ詳しく書きたいと思います。)
○大学生時代:
中学・高校時代のカンフー映画好きを卒業してこの頃から自分が主演する事よりも、作品の完成度を重要視した本格的な自主映画制作を目指して活動を始めます。
これまでは撮影・編集を自分で行っていませんでしたが以降はずっと監督・撮影・編集・美術と全てをこなすスタイルに変貌していきました。
なぜ「主演」のキャスト側から「裏方」のスタッフ側へと変移して言ったかというと、単純に言えば高校で制作した「虎鶴双形拳」の出来栄えに称賛の声が届くようになったのですが、それらは主演の私ではなく監督へ向けられたものばかりで、正直それに納得いかず監督という立場に嫉妬したからです。
あまりにも恥ずかしい理由すぎて寒いですが(笑)、20歳前後の私は本当にどうかしていたんですよね。「若気の至り」って言葉がありますが、今の自分がみて「なぜ?」と思う考えや行動ばかりでした。まぁ細かい話は別のコラムで改めてお伝えするとして、兎にも角にも私はこの頃からひたすら納得のいく綺麗な映像と素敵な編集を求めて修行のように作品を創り始めます。
■『LOVE STORY』(イメージフィルム)
1987年/8ミリフィルム(Single8)/カラー/約5分
◆監督・脚本・撮影・編集・録音:梅崎雄三

正直、作品というよりカメラテストを兼ねたショート・イメージフィルムです。
上述の通り、私は自分で監督・撮影・編集した作品で皆に認められたいという気持ちの芽生えから、全てのパートを一人で抱え込んで制作をしようとしていた訳ですが、まずは自分でカメラを回して理想通りの映像を撮るため、テストも兼ねてイメージフィルムを作ってみたのです。
「Love Story」は私の友人の男女2人に出演してもらい、この時まだ存命していた母親にも助演を頼んで撮影しました。(今思うと母親に演技指導とかよくお互いに恥ずかしくなかったなと思う)


私は映像・映画系の学校に行ったこともないですし、映像業界で働いてスキルを磨いたわけでもありません。のちにキリン・アート・アワードでグランプリを頂きアーティストとして認められるほどにカメラの技術を上げたのはこの頃の独学時代です。
独学と言っても今のようにYouTubeとか便利な参考映像も無いし、ネット環境すら整っていない頃なのでひたすら「頭に思い描いた映像をそのまま具現化するにはどうすれば良いのか?」を実際にフィルムで何度も撮影しては納得いくまで撮りなおして撮影技術を自分なりに習得していきました。
そして自分なりに納得がいくようになってきたので、自ら監督・撮影する作品としては初の長編作品となる『桃太郎』へと踏み切る覚悟が出来たのでした。
■『桃太郎』(ももたろう)
1989~1990年/8ミリフィルム(Super8)/カラー/約60分(未完成作品)
◆制作:ZOLTAR(梅崎雄三)
◆監督・脚本・撮影・編集:梅崎雄三
◆主演:梅崎雄三

ストーリーはおなじみ『桃太郎』なのですが時代設定が現代で、ヒロイン”桃子”という女性が存在し、彼女が育てた桃太郎が途中で犬・猿・キジ(全員見た目は普通の人間)の他に、金太郎と手下の熊(人間)と出会って仲間になり鬼(人間(笑))を退治するというものです。
なんだか某飲料水の有名なCMと同じですがこちらのが10年近く先です。時代を先取りしすぎました(笑)。もちろんCMのような優れたCG技術も美術センスも反映されていませんのでもっとチープでダサダサな作品でしたが。
この頃には自分自身が出演したいという願望は全く無かったのですが、アクションが出来て長い期間素人の自主映画につきあってくれる役者さんを探す方が困難で「自分でやった方が早くて楽だわ!」ってノリで自分で主演しています。
でも監督・脚本・撮影を一人でこなすまでは合理的ですが、そこに主演も加えるのは無理がありました。ゲロ吐きそうな位に忙しくて作品に悪影響しかありません。

大学生時代と書いてますがこの頃は普通に働いてもいて分刻みで最も忙しい時でした。毎日勉強して働いて撮影して・・・気が狂いそうになりながら苦労の末にどうにか編集まで終了したのですが、当時の技術では自分の頭の中のイメージに”音の質”が全く追いつかず、どうしても納得できる形にならないためアフレコ前で完成を断念しました。(※詳細は別コラムにていずれ)
作品は完成できませんでしたが、この頃から私は完全に「アクション映画」ではなく映画そのものが大好きになっていき、作品に求めるものが映画全般にかかわる「ストーリー」や「世界観」「美術」など広く全般にわたるように変わってきました。
私はこの頃から『ZOLTAR』というチームを主宰して活動していましたが、これは映画「BIG」という若きトム・ハンクスが主演したファンタジー恋愛映画に登場する魔人の名前からとったもので、すでにこの頃からアクション映画だけでなく恋愛映画の「BIG」のような作品も大好きになっていたのです。
■『GRADUATION』
1991年/ビデオ(VHS)/カラー/3分
◆監督・脚本・撮影・編集・録音:梅崎雄三

男女2人のみ出演の恋愛物のイメージショートビデオです。
「アクション」にとらわれたくなく、完全なストーリー作品を撮るための準備としてテスト的な意味もあって制作した作品。
個人的には前作「桃太郎」で音に関する技術的な限界を感じたので、この作品ではビデオによる同時録音でどこまで音問題がクリアされるのか?というのがテーマでもありました。
■『君のわすれもの 僕のおくりもの』
1992年/8ミリフィルム(Single8)/カラー/20分
◆監督・脚本・撮影・編集・録音:梅崎雄三
社会人になって都会の喧騒の中で暮らす主人公が、久しぶりにもどった田舎で学生時代の旧友達と再会して過ごすある夏の日の、少しSFファンタジー的なショートストーリー。

この頃は『桃太郎』の未完成で味わった挫折感から「長編映画を作りたいけど技術的な環境(特に音)が悪すぎて思ったような作品作りが出来ない」という想いが強く何とかしようともがいていた頃です。
映像面では当時のビデオカメラ(VHS)はまだHD(高解像度)ではなくSD(低解像度)でとても映画向きではなかったですし、かと言ってプロ機材はウン千万円とかしてまず買えるような金額ではありませんでした。
なので撮影はフィルム(8ミリか16ミリ)前提となったのですが、音に関しては圧倒的にビデオの方が良くて・・・フィルムで撮影してビデオで完成させるという方法を模索していたのですが、そうすると映像と音を正確に同期させるのが困難で苦しんでいました。
■『アトリエから(イメージ)』
1996年/8ミリフィルム(Single8)・ビデオ(VHS)パート別撮影/カラー・モノクロ/25分
◆監督・脚本・撮影・編集・録音:梅崎雄三
『夢見る頃を過ぎても』という長編作品のシナリオを書いたのですが、前述の通り環境(特に音に関して)が整っていないと感じていたので、いつか長編制作する時の為にイメージ・テスト作品としてこれを作りました。
親友3人組の大学生のモラトリアム期のお話なのですが、主人公は自分が色々な人の「夢」の中を飛べる体質で、ヒロインが死神に狙われたり、なぜか武者小路実篤と志賀直哉が話に絡んできて・・・とかなり複雑な超ファンタジーSFな内容です。
まともに制作するなら予算数十億必要な内容ですね。よくこれを映像化しようとか思っていたなと・・・(笑)。
そうこうしているうちに、そこそこ映画風の映像(8ミリフィルム)にまともな音質(ビデオの音)を組み合わせて長編自主映画が作れる環境が整ってきた感じがあったので、次作の「楓牙」の制作へ踏み切ることとなります。
■『楓牙』(ふうが)
※下の動画は「予告編」のみです。
1999年/8ミリフィルム撮影・DVCAM完成/モノクロ/106分 作品
制作 : ZOLTAR-entertainment (梅崎雄三・丸島健)
◆監督・撮影・編集・美術 : 梅崎雄三
◆脚本(共同) : 梅崎雄三・丸島健
◆アクション指導 : 梅崎雄三・酒井博
この当時は「8ミリフィルムで面白い長編忍者映画を創ります」とか言ってもほとんどの人が無理だと思うような時代でした。まあ詳細はトップメニューの「楓牙」(製作日誌)をごらん下さい。
■『INGA!』(いんが)
※下の動画は「予告編」のみです。
2002年 mini-DV撮影/DVCAM完成 カラー113分 作品
◆制作 : ZOLTAR-entertainment (梅崎 雄三・丸島 健)
◆監督・撮影・編集・録音 : 梅崎 雄三
◆脚本(共同): 梅崎 雄三・丸島 健・高村 賢
※詳細はトップメニューの「INGA!」(製作日誌)からご覧いただける予定ですがまだ準備中です。すみません。)
0003-フィルモグラフィー(過去の自主映像作品):終


