0004-「盲腸炎」で入院・手術した時の話 -前編-

私はこれまでにいろいろと病気で病院にお世話になることが多くありました。

学生の頃は基本的に運動好きな健康優良児だったと自負してますが、成人以降の自主映画制作をメインとして仲間と共同生活を始めてからは、そこからの不健康極まりない生活の影響だと思いますが、原因不明の腫れやら痛みやらを何度か発症して苦しんできました。

(いつか書きますが「ZOLTARの呪い」のせいという説も有力です)

今にして思えばその端緒と言えるのがこれから書く入院体験だったと思います。

高校の修学旅行中に盲腸になる!

高校2年生の時に盲腸で入院・手術をしたのですが最悪な体験でした。

そもそも盲腸で入院するタイミングからしてありえないのですが、高校2年の修学旅行に出かけた直後(2泊3日の京都・奈良)の初日の夜に突然発熱してダウン。

旅行とかのイベントでは興奮して夜に眠れなくなる性質ではありましたが、この時は本当にフラフラしてはしゃぐ余裕などもなく死にそうでした。

1人でホテルの別室に運ばれて、結局最後までみんなと名所まわりなどせずにずっと寝たまま、帰りも1人だけ新幹線の離れた車両で帰京し、結局は(連絡を受けた姉が東京まで迎えに来てくれて)埼玉の実家へ戻る途中に上野の電車内でぶっ倒れて救急車で運ばれて入院というコースをたどります。

 

酒を飲んで男だけの大宴会

ちなみに初日の夜は、クラス全員で一部屋に集まって宴会(もちろん飲酒は禁止ですが先生にバレない様に飲んで騒ぐということです)という事になっていたのですが、既にその時からもう発熱してフラフラとなり始めていて、宴会スタートまもなく完全にダウンして、横になったまま誰かに話しかけられても全く反応する元気もなく、部屋の隅で横になって身動きもしない状態で寝ていました。

高校は男女共学なのですが男子の方が若干人数が多いので、学年で全10クラス中2クラスだけが男子クラスという恐ろしい編成となっていました。

そしてよりによって修学旅行という大イベントがある2年生の時だけ私は男子クラスに割り当てられていた為、修学旅行の夜も男だらけの(ひがみで)荒れた宴会という残念な事になっていたのです。

そんな「漢だらけ大宴会!」の盛り上がりをよそに、1人で部屋で倒れていつの間に寝ていたら誰かが私の肩をたたいて

『梅崎くん 起きて 大丈夫?』

とやさしく起こそうとする声が聞こえてきました。

コラム「盲腸炎」1コマ目画像

女性の声に聞こえたのですが、男子クラスというのは女の子への飢えから女子がクラスに足を踏み入れでもしようものなら「うひょーーー!!!」と騒ぎ立てるので、怖くてクラスの前の廊下を通るのすら嫌がられるような雰囲気を持っていたし、この頃の私は色々と心に闇を抱えた目立たない少年で彼女もいなかったので、私の為にわざわざ男部屋にノコノコ入ってくる女の子がいる訳はありませんでした。(※私の「高校暗黒時代」についてはまた別コラムにて)

 

クラクラと夢と現実の間を彷徨いつつ、そんな事をぼんやりと考えていた私に、それでもしつこく

『梅崎くん 起きて 大丈夫?』

というささやきは続き、やさしく肩までたたいてくるようになりました。

盲腸炎で入院・手術_2コマ目画像

なんとなく男子クラスのノリの1つとして゛女子のふりして女言葉で話す”って事もあるし、宴会開始当初は寝ている私に参加を促しに何人かが起こしに来ていたので、多分誰かがふざけて女のフリで起こしに来たのであろうと思い、私も非常にダルくて喋るのも面倒だったのですが、さすがにしつこいのでここは1つ相手の洒落に乗ってあげなくてはならないと感じました。

盲腸で入院時_3コマ目画像

そして仕方がないので無理して力を振り絞り

『うん!大丈夫よ!』

と、おもいっきりカワイイ女っぽく゛おかま返し”でふざけて返事をして振り返ったのです。

盲腸で入院・手術_4コマ目画像

そしたらそこには男のクラスメートではなく、見知らぬ大人の女性が座ってこっちを驚愕の目で見ていました。

盲腸で入院・手術_5コマ目画像

私も当然心底ビックリしたけど、相手の女の人(クラスに病人が出たときの為に看護師として付き添いで一緒に来た人だったようです)も、病人でウンウン唸っている少年を起こそうとして声をかけたらオカマだったのでもっとビックリしたと思います。

振り返った直後、見つめあいながらお互いにキョトンとして固まっていた映像が今でもハッキリ記憶に残っています。

 

 

 

 

 

盲腸で入院・手術_6コマ目画像

素敵なときめく出会いをしたその看護師さんに連れられて、私は一人別室に軟禁され高校生活で最もメインイベントであるはずの修学旅行を昼夜ずっと一人で寝て過ごしました。涙

(※なので毎回訪問先で撮るクラスの集合写真には最初の1枚だけ写っているけど残りは全て存在していません)

 

帰りの電車で意識を失い倒れて救急車で運ばれる

帰りの新幹線も一人だけ別車両で京都→東京を寝ながら帰りました。

(※帰りの頃にはもう熱でボーっとしていて記憶が定かではありませんが、誰もいないガランとした広ーい車両に私一人だけがポツンと座って貸し切り状態みたいだった記憶が残っています)

 

そして学校側が事前に私の家に連絡をしていたらしく、東京駅に姉が迎えに来てくれていて私は姉に連れられて、校長の駅での長話の途中で一人先に帰宅しました。

JR(当時は多分まだ国鉄)の上野経由で東武伊勢崎線(現・スカイツリーライン)を使って埼玉の実家へ帰るのですが、途中、秋葉原駅あたりでグラングランして気を失い車内で倒れ、そのまま(この先の記憶は無いですけど)救急車で病院に担ぎ込まれて、意識が戻ったときにはもう入院していてベッドの上でした。

 

診察によると単なる「旅行の興奮による発熱」などではなく「盲腸炎」で、それもかなりひどい状態で既に薬で散らす事もできず、手術して削除しないとならない状態になっていました。

この時が生まれて初めての入院・手術です。
同時に私の病院との深い関わりのスタート地点でもあります。

 

 


付添看護師とオカマ中学生の衝撃的出会い

コラム「盲腸炎」1コマ目画像

盲腸炎で入院・手術_2コマ目画像

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盲腸で入院・手術_6コマ目画像


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