0006-モチベーション (映画制作を継続する源となっている力)

「0003-フィルモグラフィー(過去の自主映像作品)」に書いた通りに、私が映画制作をするようになったキッカケというのは中学生の時に自ら主演の自主映画を作って学校の文化祭で上映した事でした。

中学生の時は友人の多くがブルース・リーやジャッキー・チェンを好きだったり、あるいは空手、プロレス、ボクシングにそれぞれ愛を注いでいたり何かしら格闘技に絡んだ仲間がほとんどだったので、彼らと一緒にカンフー映画を作って上映し、作品が褒められたりすると、そういう小さな成功体験がスタートのキッカケとなりました。

雀拳三丁手チラシ画像
中学の文化祭での上映用チラシ

作品が好評価を得る意義

最初はあくまで自分が主演してヒーローを演じることでスター気分を味わっていたのが、大人になるにつれもうそんなことは本当にどうでもよくなり映画そのものが好きになって、よりアート性・エンタテインメント性を追求するようになり、人生の目標として映画を通じて自分の想いを少しでも人々に伝えたい、という気持ちになったというのが本当の正直なここまでの流れです。

もちろん、死ぬほどの苦労をして作った作品が多くの賞をもらって評価された時には心の底から嬉しいし報われた気持ちになるのですが、それはどちらかというと自分が嬉しいというより、一緒に作ったスタッフやキャストに「参加して良かった」と思ってもらえる最低限の満足感を与える事が出来た、という安堵の方が大きかったです。

 

自主映画というのは(これまでの私の作品の場合)皆がノーギャラ参加だったので、多くの時間を費やして参加してくれた見返り・報酬というのは、その作品の質と評価でしか還元できないので、作品の評価だけが私からスタッフやキャストに対するお返しになるのです。

ただ個人的に自分自身が一番うれしく感じた瞬間というのは、賞をもらった時以上に「観客が本当に面白いと思って感動・感激している瞬間を目の当たりにした時」です。

観客の反応が一番大事

もちろん、見てくれたお客さんに「どうだった?」と聞けば「面白かった」と大抵は答えてもらえます。

でも作った監督を目の前にして「つまらなかった」と言う人はほぼいないわけで、ひねくれ者の私はそういう対面での褒め言葉を一切信じていません。

そんな私が心の底から嬉しく感動した瞬間というのが大きく3回あって、その体験がまた次の制作へと向かわせているのだと思います。

「またこの思いをしたい!」

と思ったその体験が次の3つの話です。

 

1:高校3年生の文化祭の上映会にて
(8ミリカンフー映画「虎鶴双形拳」(こかくそうけいけん)の上映会)

私は高校の時にも自分が主演のカンフー映画を作って学校の文化祭で上映をしたのですが、その時の体験がまずはその後の映画制作を続ける大きな体験の最初だったと思います。

虎鶴双形拳_画像02
高校生の時に制作・上映したカンフー映画「虎鶴双形拳」

8mmフィルムの自主映画だったので映写機を使って視聴覚室だか音楽室だかで上映をしていたのですが、会場にお客さんが少しでも多く入場できるように普通に観客席側から映写をするのではなく、スクリーンの裏側からスクリーンに透過させる形で映写して上映をしていたので、私たちスタッフ側は観客とスクリーンを挟んで裏側の見えない場所でくつろいで待機しながら上映時間を過ごしていました。

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確か映像を鏡に反転させてスクリーンに透過映写して、その向こう側で観客が見ていたと思う。

 

そんな中、ある上映中の出来事です。

上映が始まって既に10分以上経ってからだった気がするのですが、薄暗い室内で多くのお客さんが見てくれているシーンとした中で、私はスクリーン裏のお客さんからは見えない所でくつろいでお客さんの反応を気にしながら休んでいました。

 

すると突然女の人の声で

「ええっ!?これってこの学校の生徒が作った自作映画なの!?」

という叫び声が響き渡りました。

ブログ_モチベーション用画像02

私はスクリーン裏に居たし暗いので顔は見てませんが、声の感じから校外からの来客の大学生か大人の女性らしく、どうやら本物の香港の商業映画をイベント上映していると思ってみていたような反応でした。

(※確かに今と違って当時の香港映画は低予算・低品質で僕らの自主映画とさほど差がないチープさがあったのではありますけど…)

 

プロの商業映画と間違われる位にすごいと思われている!!これはもう本当に本当に本当に嬉しくて「やってやったぜ!」という気分でした。

 

 

たかだか高校生の作った8ミリ映画だけど、本当に長期間必死になって作った作品だったし、作品のクオリティーの大部分は「0003-フィルモグラフィー(過去の自主映像作品)」でも書いた通り友人の永井の功績が大きかったのですが、自分が主演した作品が評価されてしかも明らかに本気で心の底から驚いていたのが伝わってきたので何よりそれが嬉しかったのです。

この瞬間に長い長い撮影期間の苦労が全て報われた感がありました。

 

2:高円寺のお祭り:過去最小規模での上映会にて

(8ミリフィルム白黒作品:「楓牙」(ふうが)の上映)

次は「楓牙」が完成した後、色々なコンテストに出品したり上映会に参加したりという事を繰り返していた頃の話です。

せっかく作った作品なので少しでも多くの人の目に触れるようにと、とにかく積極的にコンテスト・上映会には申し込みをしている時期があり、そんな中知り合いから「高円寺で町おこし的なアートフェスティバルがあるから「楓牙」を上映してもらえないか?」というお話をいただきました。

 

作品を発表できる場所ならとにかく参加したい気持ちしかなかったので快諾したのですが、当日上映会場へ着いてみると椅子が6脚位しかないビックリするくらい小さい部屋で(6畳間に機材とスクリーンとお客が全部詰め込まれている感じ!)、正直いくら何でもこれはひどいと怒りがこみ上げる位の場所でした。

しかし知り合いからの頼みを受けた話だったし、もう当日だったので後には引けずに正直イライラしながら嫌々上映開始です。

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1回の上映でたった6人位しかお客が入れない上映部屋で「楓牙」を上映した。

 

映画というのは「多くの人に観てもらう事」というのが最優先課題だと思っていますが、同様に重要な課題として「きちんとした環境で観てもらう」というのも忘れてはいけないと思っています。

なんなら環境の悪い状況で観てもらうなら見てもらわない方がマシだとすら思います。

 

環境が悪い中で見た作品というのは本来その作品が持つ魅力を発揮していない状態で観られてしまう訳ですが、その時のお客さんにとってはその時に見た作品の印象・感想が絶対となってしまいます。

そしてそのお客さんはその後はもう二度と同じ作品を観ない可能性の方が高いので、人生に一度きりのチャンスを大失敗で終わらせている事になるからです。

 

「楓牙」に関してはショボい8ミリ自主映画ではありますが、志としては映画館の大スクリーンで見てもらう為の『長編映画』という意識で制作したので、その想いはより強かったのです。

一生懸命作った作品だからこそ一番最高の環境で観てもらった上で良し悪しは判断して欲しいのです。

(正直、過去に環境の悪い上映会というのは何度かあり心底それは嫌な思い出になっています。それはまた別途書きます)

愛梨_画像1
「楓牙」より

 

そんなイライラする悪環境の中で仕方なく上映をして観客の反応が気になって仕方がなかったのですが、会場が狭すぎて私が入る余地もなく場内の雰囲気を感じ取ることすらできず、出入り口の外でイライラしながら上映終了を待っていました。

 

すると上映後のお客さんが出てきて(大学生風の友人と思われる男性3人位)廊下で立ち話を始めました。

まさかすぐ隣にその作品の監督がいるなどと思いもせずに、その仲間同士で今見たばかりの映画の感想を語りだしたのですが、

「やべぇ…マジでおもしれぇ…!」

「凄かった…〇〇(商業映画の名)よりこっちの方が面白かった…!」

と少し悔し気に、しかし話の内容は大絶賛で語りだしたのです!!

 

彼らは私の知り合いでもないし、しかも私の立場も存在も一切意識しないところで話している内容なので信頼度100%で、これこそ生のお客さんの感想!という事で、嬉しさのあまり全身に鳥肌が総立ちになりました。笑

正直言って「まさかこんなにひどい会場でこんな素敵な思いをするとは…!?」と思いましたが、上映の機会をためらわずに良かったです。

 

3:「せとうち映像祭」スタッフの方からのお手紙

「楓牙」を完成させた直後の1年間はとにかく自主映画のコンテストや上映会というのを調べまくって、少しでも多くの人に作品を観てもらおうとビデオテープを送る毎日でした。

おかげ様で最終的には多くの賞を頂いたりTVに出演したりさせていただくことになったのですが、自主映画のコンテストというのは実は15分とか20分位の作品時間制限を設けているものがほとんどで、そもそも「楓牙」(1時間46分作品)は応募規定さえ満たしておらず送付したところで入口ではじかれてしまうという事ばかりでイライラする毎日を送っていました。

 

自分たちは商業映画に負けない面白い映画を作る位の気概でやっているのに、それを見てもらえる対象が無い!

全力で走ってきたのにゴールがどこにもないという焦りや怒りで震える日々だったのです。

 

仕方がないので、後半からはたとえ規定が短編対象だろうが、映画好きな人達へ見てもらいたいという気持ちもあり、ダメ元でビデオを全てのコンテストへ送っていました。

「規定外の為、選考の対象から外れました」

・・・的な返事のお手紙が毎月届く日々を送っていた中で、次第に長編を受け付けるコンテストからの受賞の連絡が届くようになり、喜びを爆発させていた頃の出来事です。

 

「せとうち映像祭」という地方でのコンテストがあり、やはり短編対象だったにもかかわらず作品を送っていたのですが、後日そこのスタッフの方から落選(規定外)のお知らせにお手紙が2通同封されていました。

以下、名前だけ伏せましたが原文のままです。

 

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梅崎 雄三さま へ

映画ファンの一人として、作品を見せて頂いての感想を書かせて頂きます。

20回ほど見させて頂きました。
オープニングから、画面に釘付けになり、最後まで駆け抜けていく作品でした。
最後、涙がこぼれ・・・とにかく感動しました。
8ミリ撮影で撮られた作品で、これほどの迫力のあるものを、初めて見たように思います。
作り手側の熱い思いが、ヒシヒシと伝わってきます。
こんな映画が、大好きです。
この作品は、見るほどに味わいを増す作品だと思います。
また、繰り返し見たい作品です。
とても、簡単な感想で申し訳ありません。

「キリンアートアワード」最優秀作品賞を獲得おめでとうございます。
残念ながら、「せとうち映像祭」では、時間規定外ということで、通過しませんでしたが、私個人的にはグランプリを差し上げたい作品です。

この作品を見て、色々な人に見て欲しい思いに駆られました。それも大画面で・・・!
私は、個人的に映画の上映会等を企画しています。
ぜひ、何かの形で香川県でも、「楓牙」の上映会をできればと思います。
色々とお話が出来れば、幸いです。

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梅崎さんへ

梅崎さん はじめまして。
せとうち映像祭スタッフの〇〇と申します。
「楓牙」観させていただきました。
題名に魅かれて手に取ったところ、△△さん(上記の手紙の方)に「忍者もの」「非常によい」「106分」ときき、「なんと…そんな作品が…!」と驚きワクワクしてしまい、家に持って帰ってじっくり腰を落ち着けて観ました。
ファーストシーンののっけからの躍動感・臨場感にぐいっと魅き込まれ、前半早々に胸熱くなり、そのままひっぱられ、ラストで「ああ…」と唸りました。
登場人物1人1人がしっかりと描かれていて、皆とても魅力的で「いい面構えだなぁ…」とつくづく魅きつけられました。
観終わったときから、「楓牙」が私のグランプリ。
「楓牙」たくさんの人に観てもらいたいです。
いろんな人達と一緒にスクリーンで、共有したい。
「楓牙」の発する力。
観られて、ほんとうによかった。
こんな作品を創る、創ることのできる人達がいて、嬉しい。
ほんとうに、ほんとうに嬉しいです。
ありがとう。
スクリーンで見る「楓牙」を、梅崎さんとお会いできることを、叶うよう願って、たのしみにしていますね。
それでは、また。
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もう、これを読んだ時はこっちが嬉しくて感動して涙を流しました。

この言葉を聞くために、この言葉をもらう為に映画を創ってきたのです!

実はこの頃は、各種コンテストの調査や申し込み作業に重ねて、受賞後の対応やらTV出演・上映会などでメチャメチャに忙しい状況だったので、大感動だったにもかかわらずお手紙への返事もできず、何の連絡もお礼もないまま現在まで至っています。

せとうち映画祭のスタッフさんの手紙_画像
実際に頂いたお手紙。結局こういう感想が一番ありがたいし感動する。

 

本当に失礼だと思いますが、当時はとにかく色々な受賞関連の手続きやら連絡やらがいっぺんに大量に舞い込んできたものだから、

「とても一人の身体ではさばききれねぇーよ!」

っていう状況で、もう何が何やら、誰に何をしたのかしてないのか、訳が分からないまま日々が猛スピードで流れていて、しかもそのうち体調は最悪になっていくので、こういったお礼などのとりこぼした細かい失礼が(自分で気が付いていないものも含めて)多数あったと思われます。

 

何年も経った今更急に連絡しても「は?」って感じになるでしょうし、でもどうにかせめて僕の気持ちを少しでも届けたい気持ちもありここに書かせていただいたのですが、いずれ正式にご挨拶をさせて頂く機会が持てれば嬉しいと思っています。

ご丁寧なお手紙を頂き本当にありがとうございました。

この時の感動は今だに心に強く残って、更に良い映画を制作しようという気持ちの源となっております。

 

以上が、これまでの映画制作のモチベーションとなる記憶に大きく残る3大感動の出来事でした。

またこの感動を味わえる事を自分でも祈っていますし、そう言ってもらえる作品を創るために再び死にもの狂いで頑張ろうと思います。

 

 

0006-モチベーション (映画制作を継続する源となっている力):終