0013-ビートたけし前・ビートたけし後(前編)

今、このブログを書いている時点で21世紀になってから早くも数十年が経っております。

今10代以下の若者たちが生まれた時や物心がつく頃にはすでに21世紀だったんだというのは、私の年齢の人間からするとなんとも衝撃的に感じます。

10年前でさえ私には超SF近未来

漫画『ドラえもん』は私が小学生の時には既に連載されて単行本が発売されていましたが、不思議な科学道具を四次元ポケットから取り出すネコ型ロボットという超SF作品の主人公である彼は、遥か未来彼方の21世紀からタイムマシンに乗ってやってくるという設定でした。

つまり我々は「はるか未来彼方だったドラえもんのいる世界」で既に生活し始めて久しいわけです。

私くらいの年齢になると世の中の変化というのを実体験として経験している部分が多いので、分野によっては驚くほど早く変わってしまって本当にドラえもんの道具かと思うように驚く物もあります。

デジタル機器などは私の子供の頃の「未来図」に追いついて、いや既に追い抜いてしまっている感すらあります。

 

昭和40年代に放送されていた「ウルトラセブン」の中で、主人公のウルトラ警備隊隊員(ダン)が腕につけて通信をしていた「腕時計型モニター付通信機」(ビデオシーバー)などは、まさに現代のスマートウォッチやスマートフォンです。いや、スマートフォンの方がビデオシーバーより遥かに多機能で未来的ですね。

放送当時は子供心に「遠く離れた人の映像が腕時計に映るなんてありえない!」と思ってましたが、今では小学生ですら持ち歩く様な日常グッズになってしまっています。

(※私が子供の時の勝手なmy科学理論では、テレビにはコード(線)がつながっているから映像が送られてくるけど、無線状態の腕時計に映像が繋がるわけがない!そういう嘘の部分がドラマならではのSFなのだ!というヘンテコな認識でした。笑)

 

ビデオシーバーとダンの画像
「ウルトラセブン」より:ビデオシーバー
ビデオシーバーとアンヌ画像
もはや「アップルウォッチ」の方が多機能だったりする。それにしてもアンヌ隊員って美人よね。

 

こういった物質的・科学的な大きな変化というのは割と様々あるのですが、人間の本質的な部分や慣習的な行動については逆に意外なほど変わっていないといいますか「やっぱり人間はそんなに簡単にかわるものではないな」と思う事が実は多いです。

テレビの影響やインターネットの普及で都会と地方だけでなく世界との距離感さえほとんど感じない時代になってきたというのに、未だにこんなに小さな島国の中に様々な方言が残っていて、下手すると何をしゃべっているのかわからないような言葉すら話されていたり、地方独特の文化というのが持続しているのは本当に不思議に思います。

(※「名古屋モーニング」(朝食時間に喫茶店でコーヒーを注文するとそのままの値段でトーストとサラダなどがセットでついてくるお得なもの)というものに遭遇した時は本当に驚きました。名古屋なんて地理的に日本のド真ん中に存在する大きな都会ですし、まさか関東で何十年も生きてきた人間が初めて知るような独特な朝食文化がそんな近くて広い範囲に存在しているなんて考えも及びませんでした)

明らかにそれまでの社会常識を変えてしまった

そんな中で1つ、科学分野以外の「人々の慣習・行動」において『本当に世の中がその事で変わったな』と個人的には感じている大きなターニングポイントというのがあります。

ファッションや食べ物などの一時的な流行り廃りではなく、日本人の文化をも大きく変化させてしまったと感じているくらい、それは現在にまで影響が残っている出来事だったと個人的には思っています。

ただ他で同じような論調は聞いた事が無いので私だけがそう思っているだけかもしれませんが、少なくとも私にとってはその前と後とでは「日本」が全然違うと明らかに感じるのです。

では何がどう変わったのか?そのターニングポイントはいつ、何がキッカケなのか?

 

それはTVに”ビートたけし”という人が現れた事で始まります。

ビートたけし画像
私が出演したTV番組「たけしの誰でもピカソ」のキャプチャー画面より:「ビートたけし」こと「北野武」さん

 

私が子供の頃は今と違って”体罰ヨロシク!”の時代であり学校の先生は平気で竹刀とか持っていて、怒るとマジでぶったたかれたし、大人がもっと毅然として威厳がありました。

子供心に「大人は偉い人だから逆らってはいけない」と純粋に思っていた気がします。

本当はきっと昔の大人も今の大人と変わりはなく結構デタラメな人もいっぱいいたに違いないでしょう。

それでも当時の僕ら子供は(内心はどうあれ)”偉い人”である大人が真剣に怒っているのにそれを否定したりするのは礼儀がない、という意識を(少なくとも私は)持っていたし周りの友人達からもなんとなくそう思っている様に感じました。

ある程度私が大人になってもその感覚は続き、目上の人の話は(やはり内心はどうあれ)きちんと聞かないといけなかった。

なんというか今よりもっと日本全体が「儒教的」だったという気がするのです。

日本文化を世界各国と比較すると未だに「本音と建前の文化だ!」などと、どちらかというと揶揄される意味で言われる事が多いですが、今なんかに比べたら昔の方がはるかに公然とそれらは使い分けられていたように思います。

そしてそれはテレビの世界(いわゆる芸能界)の中でも同様に見えました。

よく「芸能界は(礼儀に)厳しい世界だ」というのを耳にしますが、芸歴の長い「大御所」と呼ばれるような人には明らかに回りのスタッフや若手芸能人が気を使って特別な扱いをするのがTV画面を通してもよくわかります。

特に昔はそれが見ていて顕著で、誰かが喋っていても大御所が途中で話しに割って入れば話を止めて譲るし、逆に大御所が話をしている間は誰も途中で口をはさんだりしませんでした。

たとえそれが長くてイライラする話だったり少しばかりトンチンカンな話だったとしてもです。

世の中全体がそういう社会だったので、体育会系な芸能界ではなおさらそうだったのは当然なのでしょう。

そんな当時の状況に突然”ビートたけし”がTVに出現したのです。

本当はこっちがデビル

よく今でも「テレビ番組の歴史」のようなコーナーで当時のお笑いブーム(その当時は“漫才ブーム”と呼ばれてました)について、懐かしい映像などと一緒に解説されていたりするし、youtubeなどもあるので今の若い人でもなんとなく知っていると思いますが、ビートたけしは当時のお笑いブームの時に「ツービート」という漫才コンビで登場して、いまだに耳にする「コマネチ!」というギャグと”毒舌”を売りとするスタイルで大人気となりました。

しばらくして漫才ブームが終わっても、かの有名なTV番組「俺たちひょうきん族」で『タケちゃんマン』を演じ、ブラックデビルを演じる明石家さんまさんと共に全国区で大人気者となり、みるみる大御所になっていったのは皆さんご存じの通りです。

その過程で彼は多くの大御所のタレントをその毒舌で責めたててメッタギリにしてきました。(笑)

それまでは決してテレビのオンエア中に話を途中で遮られる事などなかった大物タレント達が、ビートたけしに話を遮られ当惑した顔で立ちすくむ姿をたびたびTV上で目にした記憶があります。

当時私は10代の若者でしたが、子供心というか道徳心的にどこか「いけない事を見ている」ドキドキ感があって見ていてヒリヒリ感じていましたし、一部の大人から見てそれはヒンシュク行為であったと思うのですが、私を含めて若者(普段は話を黙って聴く側の人間)にとっては実に胸のすく光景でもありました。

昔のビートたけし画像
昔のこの人はどこか怖くて格好良かった。

大人が「やっちゃダメ!」と言う行為は、反社会的でありますが若者にとって非常に魅力的に映ります。

昔からビートルズだのジェームスディーンだの「カッコいい!」とされた人々は当時の感覚だと「不良」とされる人たちだったりします。

それと同じ感覚でビートたけしの行動は一種「反社会的」で礼儀を欠くように私には思えましたが、スカッとするし「格好良い」とも思えたのです。

もちろん、毒舌の対象となるお偉いさん達はTVの中でもかなり怒ってましたし、中にはたけしに反撃しようとする人も見かけましたが、ビートたけしという人はお笑い芸でノラリクラリとそれをかわして、むしろ怒っている大物さんを滑稽に見せてしまうというウルトラCを使ってやりこめてしまい、ますます僕ら若者を魅了していったのです。

人間とは現金なもので、最初は反発していても「こいつにはかなわないな」となると、途端に迎合して仲間になろうとするので(特に芸能人は)、あっという間に彼は大御所達にニコニコと(引きつり顔で)迎え入れられて、彼自身が大御所へと変身していくのでした。

(所属事務所の大きさとか私の知らない色々な力関係とかの要素も芸能界にはあるようなので厳密には分かりませんが、少なくとも私の目にはそのように映りました)

兎にも角にも、僕らは非常にスカッとしたし、見ていて非常に楽しかったのです!!

梅崎雄三-誰でもピカソ出演画像
TV番組「たけしの誰でもピカソ」に出演時。北野武さん(左)と渡辺満里奈(右)さん。10代の頃には自分がたけしさんのTV番組に出演するとか全然想像した事もなかった。この時の詳細はヘッダーメニューの「出演TV・掲載誌」からご覧下さい。

 

 

0013-ビートたけし前・ビートたけし後(前編):終